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Vol.03 神の手

「ブラックジャックになりたい」 手術の上手な手塚治虫マンガの主人公である。

 外科の人間は“手術が上手になりたい”と常に願っているのである。わたしも例外ではない。ブラックジャックをたくさん読ませてもらった。ただ、マンガを読むだけでは手術は上手にはならない。空想しながらマンガを読むことマンガ(映像)をみてすぐに状況を読み取る力は大切である。マンガは手術に大変役立つのである。

 わたしの師匠はたいへん手術の上手な人であった。九州で人間国宝とかわした会話がある。師匠曰く。「先生の作品は後世まで残ってすばらしいですね。わたしの作品は火葬場で最後をむかえるのですよ」国宝曰く。「きみの方がよいのだ。未完成な作品が私のいない後にも残ってしまうのはしのびない」名人ならではの会話だと感じいっている。

 わたしの師匠は“おやじ”のような存在であった。外科の同門のなかでも手術の腕前は5本の指に入るといわれていた。手術を見学にくる人がいると、さらに一段とスピードと華麗さが加わるのである。その師匠のわざを覚えてしまおうと必死になったものだ。

 師匠は手術を教えてくれることはしない。あけてもくれても手術の助手をさせるだけである。見て覚えなさい、体で覚えなさい、と言葉ではなく教えているのである。1年たち2年たつうちに何もいわなくても師匠の指先の動きが分かるようになった。次にハサミを入れる場所を上手にピンセットでつまみ、師匠に切らせてあげることができるようになった。

 大発見である。はさみを持つ右手が手術の中心だと思っていたが、実は左手が上手に右手に切らせてあげていることが分かったのである。左手の優しい人は手術が上手になるのである。私を上手に働かせている我が家にいる女性のような存在だ。

 師匠は陶器が大変好きであった。その師匠も亡くなった。病気をしたあとで沖縄に一度きて頂いて、あこがれの壷屋を見てもらった。すこしだけ恩返しができたかな。

 まだまだ師匠の年には遠いのだが、おっぱいの病気と30年近くつきあってくると、少しつかれることもある。その時にはつぶやくのである。「いましばらく神の手を貸してください」と。

(2002年9月13日 掲載)

那覇西クリニック理事長
玉城 信光

最終更新日:2002.09.13